考えるべきは受取額ではない
そもそも繰り下げをするためには、長く働くという話になりがちで、70歳まで繰り下げるには70歳まで年金がなくてもいいように働く、というのが前提です。望んで働くのならもちろんいいのですが、本当はリタイアしたいのに年金を繰り下げるために働くのだとしたら、それは望んだ人生といえるでしょうか。
60歳以降をどのように過ごしたいか。優先されるべきはそこです。繰り下げ、繰り上げのメリット・デメリットを理解し、そのうえで価値観に合うものを選ぶのがよいのであり、「なるべく長く働いて年金は繰り下げた方がいい。なぜなら終身で増額された年金が受け取れるから」という論調には違和感を覚えます。
65歳まで働いて収入を得るなら年金を繰り上げなくてもいいように思えますが、あえて年金を受給してゆとりある生活を楽しむ、というのもいいでしょう。
給与収入があっても公的年金等控除を使うことができ、60代前半では年間60万円×5年分が非課税となります。ほかに受け取る年金がない、あるいは企業年金やiDeCoがあるが一時金で受け取るなどで公的年金等控除を使わない場合は、公的年金を繰り上げて非課税枠を活用するのもいいでしょう。
また年金額が少なくなることで、社会保険料が抑えられる、高齢期における医療費や公的介護保険サービス利用料の自己負担が低くなるというメリットもあります。
早く亡くなっても遺族は損しない
配偶者がいる場合の繰り上げについて整理しておきましょう。
たとえば夫が60歳から年金を繰り上げ受給し、63歳などで亡くなったとします。妻は遺族年金を受け取ることができますが、遺族年金の額は繰り上げで少なくなった額ではなく、本来の水準(繰り上げせず、65歳から受け取った場合の水準)で計算されます。
夫は60歳から63歳までの3年分の老齢年金を受け取り、63歳で死亡してからは妻が本来の水準で遺族年金を受給できるわけです。繰り上げることで早くから年金を受け取れてよかったことになりますし、遺族年金には繰り上げによる減額が影響しないので、死亡後も不利にならないというわけです。
ちなみに、繰り下げた場合でも、遺族年金は増額された年金額ではなく、本来水準の年金額で計算されます。
また年金を繰り下げ、受け取るまでの間、働いても収入が足りないなどで預貯金を取り崩すと、手元の金融資産はどんどん減っていきます。年金額を増やし、これから年金で生活していくというときに亡くなると、せっかく増やした年金が受け取れないだけでなく、金融資産が減った状態で亡くなることになってしまいます。
繰り下げずに65歳から受け取ったり、繰り上げ受給をしていたりすれば、金融資産を減らすことなく、遺族に相続できた、という可能性があります。